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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3579号 判決

横浜銀行

事実

原告株式会社横浜銀行は請求の原因として、被告は旧商号を末広物産株式会社と称したが、その当時訴外千登世木材株式会社を受取人として金額四十八万五千円、二十五万円、二十万円の約束手形三通を振り出し、右受取人会社は昭和二八年三月一四日訴外穂苅七五三治に、同人は原告にこれらの手形を裏書譲渡し、原告がその所持人となつたので、各満期に支払場所に呈示してその支払を求めたがいずれもこれを拒絶された。よつて原告は右各手形の振出人である被告に対して右手形金並びに支払済まで年六分の法定利息の支払を求めると述べた。

被告株式会社片山商事は、本訴は被告会社代表取締役片山守哲を被告の代表者として提起されたが、同人は次の事由によつて被告の代表権を有しないものである。すなわち、被告会社はもと末広物産会社と称したが、片山守哲は同会社の旧株主から自己及びその一派の名義でその株式の譲渡を受けて実権を掌握したうえ、昭和二九年一〇月二五日の臨時株主総会において取締役に、また同日取締役会の議決によつて代表取締役に選任され、それぞれこれを承諾して就任したが、そもそも同人が右株式の譲渡を受け、かつ取締役及び代表取締役に就任することを承諾したのは、前任取締役等から右会社には全然債務の存在しないということを聞き、そのことを条件としたものであるところ、突然本訴請求にかかる債務その他多額の債務の存在することを発見するに至つたもので、右のような事実は、もつて片山守哲の被告会社取締役及び代表取締役就任受諾の意思決定が要素の錯誤に基いてされたというべきであり、従つてこれは無効であるといわなくてはならないから、右片山守哲を被告代表者として提起された本件訴は不適法として却下を免れないと述べた。

理由

証拠によれば、被告株式会社片山商事(当時の商号は末広物産株式会社)は休業状態にあつたところ、当時の代表者金井直勝と片山守哲とが話し合いの結果、片山がこれを譲り受けることになり、昭和二九年一〇月二五日商号も株式会社片山商事と変更し、代表取締役も金井から片山に交代したこと、そしてその際片山は金井等から被告会社に原告株式会社横浜銀行が本訴で主張しているような約束手形金債務の存在する事実を聞いていなかつたことを認めることができる。しかし、株式会社に債務の負担がないものと信じてその代表取締役に就任したとしても、その誤信は就任受諾の単なる縁由であるに止まり、就任の法律行為に要素の錯誤あるものとはいえないと解するのが相当である。いわんや会社に債務のないことを条件として代表取締役その他の会社の機関に就任することを承諾するがごときことは、その法律行為の性質上許さるべきことではないから、片山の被告会社代表取締役就任の無効であることを前提として本訴を不適法とする被告の抗弁は理由がない。

本案についても被告はその約束手形金の支払を拒むべき特別の事由があることについて何ら主張立証しないから、その支払を求める原告の本訴請求は理由ありというべきであるとしてこれを認容した。

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